【コラム】フォックス咲子さん・日本の英語教育がうまくいかない理由(2回目)

2回目:日本の英語教育がうまくいかない理由
前回お読みではない方はこちらからご覧ください。

 

メンバーのフォックス咲子です。英語教室主催、通訳・翻訳をしています。

英語を教える側の視点から、そして、外国語として英語を勉強した立場から、
英語を学ぶことについてシリーズで書いていきます。今日は、その2回目です。

日本人は、中学校から英語の授業が始まり、高校時代を含め6年間の英語教育があります。

ここ最近は、文部科学省が「日本もグローバル化に追いつかなければいけない」とし、2020年の東京オリンピックに向け、小学5年生から英語が教科の一部になります。

「教科の一部」ということは、通信簿に「英語」という教科が加わり、国語や算数のように「評価」の対象になるということです。

なんと、日本の英語教育は明治維新にまで遡ります。

途中、第二次世界大戦により、英語が「敵国語」として禁止されましたが、敗戦後、アメリカの支配下になった日本は、生きていく為に英語が必要になったわけです。

このように、英語教育の歴史が長い割に、どうして日本人は英語が苦手なのでしょう?

まず、40代以上の人たちは、中学高校時代にさんざん読み書きや文法をやらされましたよね。

それなのに、今になって「英語が話せないと出世できない」となり、会社に内緒で英会話スクールに通う中間管理職の方もいます。

「あの時、会話を教えてくれていれば、今頃英語が話せるようになっていたのに。」と、ニューヨークの出張で、学校の英語教育を恨むわけです。

そして、我が子には「読み書きより、会話をちゃんとやれ。」と言い、習い事の英会話は外せないとなるわけです。

しかし、本当にそうでしょうか。

「文法より、会話」なのでしょうか。これまで企業人が海外に放り出されて、何とか英語でやってこられたのは、読み書きの基礎力があったからだと、私は思います。

だから、「読み書き」も「英会話」も、両方平行しないと、語学は上達しません。

しかし、今の日本の英語教育は、ひと昔前の反動で「会話」に偏っていて、言葉の構成を説明する文法の授業が激減しています。

そうすると、フレーズは覚えるけれど、ちょっと違う言い方はできないという、応用力のない英語が出来上がってしまいます。

では、全てが日本語で済んでしまうこの日本で、どうやって「読み書きと会話」を両立するのか。

私の意見では、2つあります。

一つ目は、英語でやる教科を設ける、ということです。

前回のコラムにも書きましたが、フィリピンなどの途上国では、理科や数学を英語で授業しています。

このように、「英語を学ぶ」から「英語で学ぶ」環境を作り、英語がわからなければ、授業についていけない環境を作ります。

もちろん1教科か2教科で十分です。

ALTの先生を増やす予算があるなら、今いる先生が英語でも授業をできるよう、トレーニングに投資すべきです。これから学校の先生になる方は、英語で教えられることも必須にすべきです。

 

二つ目は、「間違っても恥ずかしくない」「周りを気にせず、自分の意見が言える」という雰囲気を学校で作ることです。

日本人は、結構完璧主義ですね。理屈は理解しているのに、正しい文法や語順で言おうとするあまり、話す前に考え込んでしまい、さあ、勇気をだして言おう、となった時には次の会話に移っていた、という経験が、皆さんにもありませんか?

英語はもはや米英人など、いわゆる「ネイティブスピーカー」だけの言葉ではありません。

インドやシンガポールのように英語が公用語の国の人たちと、英語を外国語として使う人たちを合わせると十数億人になります。

世界中で英語を使う人の数は、ネイティブスピーカーではない人の方がはるかに多いのです。

だから、英語を「英語らしく」話す必要はなく、「通じれば良い」時代になったのです。

経験された方もいると思いますが、日本に来るアジア人観光客は、すごく片言の英語で話しかけてきます。

まるで、それが当たり前のようにです。

だれも恥ずかしいと思っていませんし、こちらも「英語へたくそだな」なんて思いませんよね。

「the だっけ a だっけ」とか「in だっけ at だっけ」というのを深く考えるより、意思を伝えることの方が大事ですよね。

だって、英語は「コミュニケーションする道具」ですから!

しかも、そこを間違っても、気にする人は誰もいません。
この「間違っても誰も気にしてないから!」というのを、小学生から浸透させなければいけません。

この二つを小学校から取り入れれば、多言語のスイッチができる脳が出来上がります。

まるで、東京に上京していて「標準語」を話す人が、田舎に帰省した途端に方言で話すように。

こんなことは、夢物語でしょうか。

そうだとしても、少なくとも現状維持では、何も変わりません。

今すぐできることは、チームワークや協調性ばかりを大切にするのではなく、個性を尊重して、自分の意見を発言できる雰囲気と環境を、大人たちが作っていくことだと思います。

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サポラボのブログでは毎月会員の皆さんにコラムを執筆していただいています。
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今回、執筆してくださったフォックス咲子さんは、オーストラリアで長く生活をされ、ご主人もオーストラリア人ということで、多角的な視点で「英語がなぜ必要なのか?」についてお書きいただいています。
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(サポラボ事務局)

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